2021年10月02日

東日本大震災の発生

環境省での里地里山政策は、2010年、国際機関や各国とも連携しCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)を契機に「SATOYAMAイニシアティブ」を、国際的な枠組みとして設立し、国際的にも、国内的にも参加を広く呼びかけ、日本における循環型社会の構図として、自然と共生した暮らし方、生物多様性の推進を行ってきました。
しかし2011年3月11日東日本大震災の発生で、この10年間、生き物の観点からは、私自身としては、氷河期に入り、ちょうど、同時に、東京農業大学内に山村再生支援センター(現農山村支援センター/10年目の節目で3月末に終了)を設置したことから、森林林業、農山村の活性化の取り組みを現在推進しています。
posted by nariwai at 04:24| 里地ネット

佐渡島の地域社会づくり

トキの餌場づくりを行うボランティア.JPG里山という言葉、環境省のことトキの野生復帰プロジェクトで推進してきた、佐渡島の地域社会づくりが、一つの、里地里山政策、現在の里山ということば、人と自然との共生の里づくりに託している思いです。

里地ネットワークの1998年の設立当時から2010年頃までの保全活動の記録は、HPに掲載していますので、ご関心のある方はHPをご覧ください。
「里地ネットワーク」で検索していただき、> 里地ネットワークとは? > 里地通信バックナンバーでご覧いただけると思います。

このバックナンバーの前半では、1998年時点から見た日本の未来の在り方として、都市一極集中、工業化の流れに対して、持続可能社 会とは何か、このままの開発を進めた場合、2025年には、温暖化の結果としての自然災害が増加、疫病の発生等複雑に絡み合い人類は、危機に直面する可能性が高いという立場から、研究会レポートを掲載しています。
後半は、地元学をはじめとする地域づくりの方法論と実践、炭窯、石積み、里地里山保全活動の実践方法等を掲載しています。この他、日本各地の里地里山保全活動を掲載していますので、随分と古い話になりますが、ご関心ありましたらご覧ください。
posted by nariwai at 04:23| 里地ネット

佐渡島のトキの野生復帰プロジェクト

放鳥され棚田を舞うトキ.JPG話を里山に戻しますが、私と里山とのきっかけは、佐渡島のトキでした。1999年 中国からトキ2羽の贈呈を受け、日本初の飼育下での繁殖に成功しました。江戸時代には全国各地にいたトキですが、明治時代に狩猟により激減し、大正から昭和初期には、絶滅していたと思われていました。戦後、佐渡と能登でトキが発見され、1993年からは、佐渡トキ保護センターで繁殖活動が行われていました。
このトキを100羽に増やし、野生復帰させる環境省プロジェクトへの参加です。私の担当は、トキの住める佐渡島の環境再生ビジョンの策定とその実践です。
 何故トキは、佐渡島や能登半島で絶滅せず生息できたのか?その生息環境は、絶滅した地域とどのように異なるのか?トキの全鳥捕獲から27年間後の佐渡島に再びトキを放鳥してトキは、暮らしてゆけるのか? 餌は? 天敵は?ねぐらは? 
暗中模索の手探りの中で、一つだけ、直感で信じていたことは、メダカ、ドジョウ、ホタル、カブトムシ、クワガタ、そして、トキは、伝統的な農家の暮ら方、農家が作り上げてきた田んぼ、水路、ため池、竹林、桑畑、クヌギ林、採草地、放牧地などの環境を生息環境や採餌場所として利用していたということです。この農家が作り出した二次的な自然環境が、すなわち、里山です。
環境省と相談して、トキの野生復帰のための環境再生ビジョンとトキとの共生のルールを作りながら、小佐渡東部の集落を一つ一つ巡り、地元学調査とドジョウやホタルの住める棚田づくりを行ってきました。その棚田を含む里山には、きっと、トキも住めるはず、さまざまな身近な生き物たちの生息環境を再生することで、トキの住める環境づくりを行ないました。
 2008年、トキとの出会いから9年目にトキの試験放鳥が開始され、その後、幾多の苦難を乗り越えて現在400羽が、佐渡島で定着しています。
posted by nariwai at 04:21| 里地ネット